漫画に限らないが、創作の世界に、こういう古典的なテーマがある。「最も恐ろしい存在とは何か」。『邪眼は月輪に飛ぶ』は、その問題を徹底的に追求した、異能力バトルホラーとでも言うべき作品である。
- 作品名:邪眼は月輪に飛ぶ
- 作者・著者:藤田和日郎
- 出版社:小学館
- ジャンル:青年マンガ
漫画「邪眼は月輪に飛ぶ」あらすじ
この作品の実質的な主役は、たった一羽の「鳥」だ。ミネルヴァと名付けられている。ミネルヴァはフクロウに似ているが、どこからどうして現れたのか、そもそも本当にフクロウなのか、分からない。
ただ、彼はたった一つの異能を持っている。「ミネルヴァが“見た”者は、すべて死ぬ」という能力だ。作中でそう呼ばれるわけではないが、まさに「邪眼」と呼ぶに相応しい。
本作は、ミネルヴァを追う老猟師・鵜平と、ミネルヴァの戦いを描いた物語である。
漫画「邪眼は月輪に飛ぶ」ネタバレ
ミネルヴァが見たものは死ぬ。このルールは、一つの例外だけを除いて、徹底されている。カメラ越しであろうと、テレビ越しだろうと、「見られた」ものは例外なく死ぬのである。
たった一つの例外というのは、巫女の力によるものだ。呪術的結界を用いると、ほんの一瞬だけだが、ミネルヴァのもたらす死の呪いをそらし、到達を遅らせることができる。ただし、ほんの寸刻のことである。
ミネルヴァの肉体は脆い。一発の銃弾で殺し得る。ただし、ミネルヴァは飛ぶ。そして、速い。通常のフクロウよりも遥かに速く、そして、ミネルヴァの眼球は、異常な旋回能を持っている。ミネルヴァは、一瞬で、ほぼ360度の方角に邪眼の呪いをまき散らすことができる。また、ミネルヴァは人間の「殺気の流れ」を読むことができる。おそらくはどんな長距離からの狙撃もミネルヴァには通用しないし、ミネルヴァに殺意を持ってスコープを向けた時点で、ミネルヴァの邪眼を回避する手段は、もうない。
さて。この作品の主題は、「そんな化け物を、どうすれば人間が殺すことができるか」である。
一つだけ、明快に確実にミネルヴァを殺し得る方法がある。核攻撃である。ただの生き物なので、東京をまるごと灰燼に変えるようなミサイル兵器を使えば、ミネルヴァを殺すことはできる。
だが、たいがいの物語においてそうであるように、この作品もその方法を回答としては選ばない。
鵜平だけは知っている。ミネルヴァの視界にもたった一か所だけ、死角があることを。それは、直上である。
鵜平は熟練のパイロットが操る戦闘機に乗り、限界高度から急降下する。月を背にした戦闘機を、強烈なサーチライトが照らす。強い光に照らされたものは、“見えなく”なる。見えないものは、ミネルヴァにも殺せない。そこから、一発の銃弾が飛び出し、そして、ミネルヴァの頭蓋を貫く。
その刹那、ミネルヴァは確かに見た。禍々しい目のようなもの……にんげんの戦闘機は、彼の眼にはそう見えた……が、月の中からこちらを見るのを。
つまり、『邪眼は月輪に』舞ったのである。
漫画「邪眼は月輪に飛ぶ」感想
最強の能力、というものを考えたり、その考察を作劇に持ち込むのはたいがいの場合ナンセンスだ。「腕の一振りで複数の並行宇宙をまとめて吹き飛ばすことができる」という設定を考えたところで、普通、そのような存在を面白い作品に落とし込むことは困難である。
また、何をどうやっても殺せない生き物、というのも、それはそれで一つのテーマにはなるが、そういうものを出したら話が面白くなるか、というと、必ずしもそういうものではない。特に、「両方ともそういう存在」にしてしまうと、話が破綻する場合が往々にしてある。できれば、物凄く恐ろしい化け物を、生身の人間が倒してほしい。それが、多くの観劇者に通底する、共通の願望である。
ミネルヴァは漫画界最強ではないだろう。また無敵でもない。だが、恐ろしい。なぜならミネルヴァというキャラクターは、人間が戦い得る、人間の手で斃し得る、限界に挑んだバケモノだからである。
筆者のかつて読んできた作品の中で、ミネルヴァは最強でこそないが、まさに“最恐”の名に相応しい存在だ。そして、それを人間が研鑽と工夫で討ち滅ぼすからこそ、この物語は美しいのである。
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